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私は一九八〇年の夏、二十八歳の時に海水浴飛込み事故で頸髄損傷になり手足が不自由になりました。それまで手先の器用さを必要とするテレビ・ビデオの修理をしていただけにショックは大きく、動かない手をリハビリしても無駄だと思っていましたが、結婚して九か月目の妻に申し訳ないと気持ちを奮い立て、二年間のリハビリを経て時間は掛かりましたが身の回りの事や車に乗れるようになり、いつの間にか車椅子生活を受け入れていました。長いリハビリ生活は辛かったけど寝たきり状態から車椅子に乗れた時の喜び、手の動きに変化はありませんでしたが、腕の力が少しずつ増してきた時は嬉しかった。靴下は両手ではさんではくようにしたりパンツは手の甲で持ち上げたりズボンは指が引っ掛けられるように輪っか紐を作ったりして更衣の訓練に明け暮れました。退院する頃には要領も覚えてスムーズに身に着けられるようになりました。
その後の二年間は、コンピューター言語のコボルプログラムを勉強して就職も考えましたが、常勤雇用に耐えられる自信がなかったので、自宅での仕事なら自由がきいて良いと考えました。でも忙しくて納期が短い時は過酷でした。契約は請負ですので仕事を取ってくる努力や完成度の高い技量、担当者との交渉など苦労がありましたが、多くの努力もあって四年前まで仕事がありました。しかし開発言語の衰退とともに廃業。
その後、無職のショックから立ち上がるまでに一週間かかりました。これより少し前、身近な人達の死を目の前にしていたので『誰でもいつかは一人になる』そして長い旅に立つと実感しました。
夫婦の場合は妻に先立たれると一年以内に夫も亡くなる場合が多い。これは食生活の知識がない為にコンビニなどで栄養が偏ってしまい病気になるらしい。ですから「家事自立」で自分と家族の為になればと障害者対象の料理教室へ参加しました 〈写真1〉 。現在でも握力はさほどしかありませんが、左右の手首で押したり引いたりすることができます。右手の伸びた掌は顔を洗うのに好都合です。左の指は少し動いて人差し指と中指とで紙を挟むことや床に落ちたコインを拾うことができます。ですから料理も自分でできないかと、障害者用に考えられた包丁やまな板など色々と試してみました。そのうちに普通の軽い包丁や小さめのまな板を使うことが出来ることを発見しました。もう嬉しくて早々と自分の包丁、まな板、なべを購入しました。これらの道具がもう可愛くて料理教室に持参するのが楽しみでした。実習ではメニュー
に悩みましたが、一品でバランス良い栄養がとれて作り置きができる夏野菜カレーを選びました。笑われるかもしれませんが前日に妻の指導の下で予習を兼ねて作りました。もともと料理好きな妻は非常に協力的で、『こうすればうまく作れるよ』と会話も増え旅行先でのバイキング料理など一緒に吟味しながら行動を共にするようになりました。以前ならひとりで待っているだけのつまらない人生でしたが自分を変えてくれた「料理」に感謝しています。
カレーの材料は、玉ねぎ、ピーマン、人参、漬物、エリンギ、あいびき肉、パプリカなど歯ごたえの楽しさが味わえるように工夫してみました。苦労したのはピーマンの刻みと種出しや、硬い人参の刻み、玉ねぎの目にしみることと刻みから煮込み、仕上げるのに朝から晩までと時間が掛かることでした。しかし、やり遂げた喜びや作る喜びを発見できました。そして週に一回の定番メニュー「くんちゃんの特製カレー」を半年作りました。スピードも速くなり買い物も楽しくなりました。以前は妻の買い物を車中でイライラしながら待っていましたが、目もくれなかったスーパーのチラシを見るのが楽しみで安売りの時など妻を誘って買い物です。車のガソリン代の方が高くついてしまうという以前の考えは消えていました。そして、主婦の気持ちが分かるようになりました。安いものを手に入れた時の『満足感』、『息抜き』、『気分転換』、特にお一人様一個限りを二度三度とレジを替えての購入なんて最高です。度胸とずうずうしさも覚えました。
作る喜びや買い物の楽しさを満喫していたある日、家内の趣味であるクッキー、ケーキ作りも出来るのではと感じ、手伝ってみました。難しく思われた卵割も出来て面白い!健康なら当たり前で過ごしていたでしょう。ほんの小さな出来事にこんなにも感動するなんて何と素晴しいことでしょう。そして、今まで見向きもしなかった妻のお菓子づくりの本からケーキの基本はスポンジケーキだと感じて早々と焼いてみました。でも泡たてが悪くて全然膨らみませんでした。もう悔しくてガッカリしていると妻がハンドミキサーを使ったらと助言してくれました。初心者なのに「手づくり」のこだわり心だけは強く、当初機械を使うことに違和感がありました。でも使ってみるとなんと便利なんでしょう、十分泡立てることができ見事に焼きあげることができました。この間、焼きあがるまでオーブンの前でニラメッコしながら徐々に膨れあがるケーキに見とれていました。子供はいないのに我が子の誕生のように感じられました。妻曰く『信じられない!』と呆れ顔でしたが内心は良きライバルができたと喜んでくれていました。それからはスポンジケーキを焼いては皆に差しあげる日々でしたが、材料代だけでも頂けないものかと保健所に聞いてみました。この保健所は運良く自宅前にあり、こんな事で役立つとは思ってもいませんでした。どんなに小さくても営業行為は許可書がなくては駄目だということ、調理師免許が無くても一日講習で開業できることを知りました。そして、三年前に「ケーキ屋くんちゃん」をオープンしました
〈写真2〉。
作る楽しさ、みんなに喜んでもらって収入につながる、おまけにリハビリにもなるなんて老後の生きがい作りが発見できたと大喜びでした。しかし料理作りは半年に一度と少なくなってしまいました。
『手の不自由な手づくりケーキに笑顔を添えて届ける』をキャチフレーズにクッキー作りは生地が硬い為に月に二回妻に手伝ってもらい、パウンドケーキは週に一回自分で焼いて、二日かけて配達や引き売りを『売り切るまでは帰らないという思い』で車を自ら運転して楽しんでいます。
材料の仕入れ、製造、販売と初めてのことばかりで苦労しましたが、この中で販売が一番難しかったです。店舗レスですからどうやって売ろうかと考える日々でした。しかもこだわりで身内への積極な売り込みはやりませんでしたので、車椅子で行ける福祉施設の営業が中心で、イベントに参加させていただいたりインターネットで受注販売したりしていました。
〈写真3〉

最初に経験したイベントでは緊張していて『いらっしゃいませ、手づくりケーキいかがですか』と大きな声が出ませんでしたが、他店をまねることで終盤にかけて笑顔や売り声が出るようになりました。それからはいろんな人々とのふれあいが楽しめるイベント販売が大好きになりました。でも雨が降ったりすると最悪です。値引きして売ることができればいいですが、売りたくてもお客様がいない時などは次の日朝早くから値引き販売に走り回って売り切っています。それでも残ってしまう時などは冷凍して朝食代わりにします。今思えば私を営業好きに変えてくれたのはお客様の『声かけてみたら』の一言でしたし、『くんちゃん、美味しいよ』と喜んでくれるお客様の一言と笑顔に勇気づけられ、ここまで来ることが出来たのだと思っています。最後に何事も諦めずにチャレンジすることが一番、苦しむほど成し遂げた喜びは大きく、毎日が勉強です。
障害の度合いによっては自助具を使っても自分で作ることができない場合が多いですが、楽しみ方は色々とあるように思われます。献立は自分で考えて、料理作りはヘルパーさんに手伝ってもらい味付けや盛り付けなど伝えて特色のあるものを作る。もし買い物に一緒に行けるようでしたら自ら吟味して選ぶ楽しさや人々に触れる喜びもあります。しかし、車椅子駐車場に一般の方が止めていて駐車できない悔しさとモラルの低さには不愉快を感じさせられガッカリします。でも負けずにせっせと買い物に出かけよう。そして、たまには友人たちと得意料理を持ち寄っての持ち回りパーティーを催すことなども楽しみ方の一つではないでしょうか。時には高級料理を食したり食品街を見たりすることも刺激になり生活が楽しくなります。
料理はリハビリに最適だと思います。いろんな料理本を参考にして考えた献立、材料の購入、作る楽しさ、食べる楽しさや料理時間の短縮など、いつの間にか楽しみながら生活訓練しているのではないかと考えます。
最後に唯一私が作れるゴマたっぷりの「ごまごまクッキー」を紹介します。右手に輪ゴムでヘラを固定しての作業の速さは妻と肩を並べるぐらいに上達しました。
〈写真4〉
【材料】(数人前)
無塩バター 120g
砂糖 160g
卵 1個
薄力粉 100g
ベーキングパウダー 2g
ゴマ 200g
他のレシピはホームページで紹介しています。
【作り方】
@バターを攪拌し、砂糖・卵を順々に加えてから粉類を加える
Aゴマを加えて、かき混ぜる
Bスプーンで天板に置き、170度で7分〜8分焼く
(非常に焦げやすいので目を離さないように!!)
他のレシピはホームページで紹介しています
「ケーキ屋くんちゃん」 http://www.cakeyakunchan.com/
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