** 只今海外旅行の8回目ラスベガス4公開中です **
 海外への一人旅を意識し始めたのは6回目の海外旅行(ラスベガス2回目の友人編)の時でした。車椅子のクニオが出かけたいなーーーと思った時に気軽に出かけれたらどんなに素晴らしい事だろうと思いは募るばかりでした。この気持ちは車椅子での行動に制限されることに反発し、どこでも自由に行ってみたい、どうせ行くなら言葉の障害や文化の違い、長距離が苦手な車椅子利用者がより遠くへ遠くへとチャレンジするこでした。
 一般的に健常者が海外旅行に出かける時の障害と考えられるのは言葉が通じないと言う事が一番ではないかと思われます。しかし空港でのチェツクイン、タクシー、ホテルのチェツクイン、食事、買い物等々全て言葉が理解できれば問題は無いように思われます。しかしクニオの場合は言葉の障害は勿論ありますが何と言っても機内でのトイレが一番です。
@機内用の狭い車椅子に乗り移ってトイレまで連れててもらい尿器に出して自分で処理する。
A座席で尿器に出して後は@の手順で処理する。
B座席でジョワとビニール袋で改良を加えたクニオ式携帯用(尿を固める)で出して後は丈夫な袋に入れて処理する。
 以上三つの案が考えられましたがやはりBが一番クニオの状態に合っているのではないかと結論を出しました。病院ならともかく当初はアテンドさんに空けてもらうことを考えましたが、これはあまりにも気の毒だし対応が確約できないとの事でした。ですから後はいかに周りの人に気ずかれないように、迷惑にならないようにする工夫が必要でした。
@窓側の席に陣取って隣の席には車椅子の円座を置いてその上にマクラとかバックを置いて周りから見えないようにする。
A首からエプロンを掛けてジョワが見えないようにする。
B周囲が暗くなってる間に処理する。
 いずれにしても乗客が少ないことが一番(航空会社に怒られるかも!!!)です。それにサービスも行き届くかも知れません???
 出発そして無事帰国
運が良いのか悪いのかこの日は東名リフレッシュ工事の開始日になってました。工事の影響と言っても名古屋と小牧の間ですから30分もあれば十分ですが、一人旅ということで道中何があるかわからない(ウンが付いたり漏れたり)からと前回よりも1時間30分も早く家を出ることにしました。でもこの時は無駄だと思われる余裕が後で助かるとは思ってもいなかったクニオでした。
 空港には出発の2時間前までに着いていなければなりませんので30分余裕の午後4時20分に駐車場に着けば大丈夫です。ところでクニオが到着した時間は3時20分ですから時間が余ってしまったので車の中で横になって休んで時間をつぶしてました。
ヘルプ@空港駐車場の入り口で駐車券が取れずに後方の車の方に取っていただきました(ちなみに女性でした)
ヘルプA障害者用駐車場にはポール柵がやってあって(一般者が勝手に利用できないようにとの防止策らしい、でもこれって障害者にとってはバリヤーですよネ)そのままでは利用できませんので偶々通りかかった空港職員の方に退かせてもらいました。
ヘルプB駐車場から空港入り口までのなだらかな道を膝の上に荷物を載せながら車椅子をこいでる一人旅の青年?を見て大変だと思われたのでしょう。『押してやるよ』との年配男性の一言に甘えてしまいました。
 そして空港でトイレを済ませチェツクインカウンターへと向かう途中、旅行慣れで時間に余裕がある為か何気なく出発のモニター画面に目をやると驚きました。搭乗手続き開始中ではありませんか!!!直ぐに旅行会社の予定表を見てみるとそこには5時40分になってて1時間10分も早いではありませんか。慌ててカウンターへともうスピードでこいで行きました。いつもなら列ができているのに誰もいません。ただでさえ血の気が少ないというのに顔が強張って血の気の引いて行くのを感じました。でもとにかくチェクインしなければと我に返って、いつもの裏ワザをと聞いてみたら満席と言われてガッカリ、おまけに通路側です。『どうしようトイレ!!!』、隣の席はまだチェツクインしてませんでしたが予約は入っているとのことでした。最悪窓側と替わってもらえば何とかなるさと勝手にシナリオを作っていました。それに隣の席が空く可能性が無いわけではないと自分勝手に祈ってました。(
教訓その一、旅行慣れに注意注意
やがて機内へと乗り込みましたが、この時の工夫としては膝が広がってイスに当たったりするのを防ぐ為に幅広布で止めたことと荷物は膝の上の緑パックと首から吊るした小型バックの二個だけ(重さは4〜5キログラム)の最小限にしました。ですから座席に着いたら直ぐに手元に必要な赤バック(機内必需品が入っている。菓子類でなくて○○等です。)を出したり円座をイスの下に押し込んでいると『トイレの時に車椅子はどうされますか』の声(もちろん日本語)に『あのー、必要ないです。座席で携帯用を使いますので』と説明して隣がこなければいいのですがと言ってしまいました。(なんと自分勝手なクニオだろうと、、、でも我々にとってはこれが一番の問題なんです。)それからしばらくすると別のアテンドさんが現れてペラペラと話し掛けてきました。私は思わず『何でしょうか』と日本語で聞き返していました。アテンドさんが困っていると通路側の隣の日本人女性がペラペラと流暢に話しているではありませんか。そして気になる内容とは、、、私の隣の方が見えたら出入りが大変だから窓側と替わるか空いてる席に移ってもらうかしましょうネと言う事でした。これを聞いた私は、これでトイレ問題は一つ解決できたと感じていました。結局、隣の席の方は現れず独占使用の旅となりました。
出会い@この女性の一言が楽しい旅の思い出となりました。『英語が上手ですネ、もう勉強されて長いんですか?どうやって覚えたんですか?』と聞いてみるとビックリ、よくよく見てみると二度ビックリしました。なななんとDOLSEYさんと言うアメリカの方でした。日本には仕事の関係で頻繁に訪れるそうです。それに静岡に親戚が居て私の住んでる浜松に友人がいるとか、もうそれだけで親しみを感じていました。折角知り合えた方です、このままお別れするのも残念と思うのとお礼の手紙を出したいという想いからアドレスを教えてもらうことにしました。そうしたら旅先で困ったことがあればと電話まで教えてもらい、お守り代わりに大事にしていました。おまけに乗り継ぎのポートランドでは旅行を頻繁(年に9回以上の海外旅行)にする人の為のVIP室へ同席させてもらい色々と話が弾んで感激感激の一時でした。
 やがてDOLSEYさんと別れてラスベガス行きの機内へ入るとエコノミー席に一度は座ったのですが、直ぐにファースト席へチェンジしました。理由は混んでて出入りが大変だからということかな???解りません。でも二回目です。空いてて周りは人がいませんからトイレの問題はありません。ラッキーラッキーと心の中で喜んでいました。でも本当のラッキーはこの後起こりました。通常2〜3時間は持つはずのトイレが乗って一時間でもよおしてきたのです。ですから席を替わっていなかったらと思うとどうなっていたのでしょうか???
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 ** ラスベガス **
 やがてラスベガス空港へトイレの失敗もなく無事到着しました。ここまで来れば後はホテルに行くだけです。これも四回目という事で余裕があり今まで気が付かなかったトラムが二つあることやレンタカーのカウンターを発見したりしました。気温40度、熱風が顔に感じ身体全体で発汗できない頚椎損傷者には過酷なラスベガスかも知れませんが私は好きです。
 そしてホテルのチェックインです。前回はバスタブとかシャワーとか色々聞かれてよく解らなかったので今回は前回同様のシャワーのみの部屋をと頼み障害者用であることを確認しました。スムーズに行くかと思ったら部屋が汚れているので最初1時間程待ってくれとのことでしたが20分位で部屋に入ることができました。膝に荷物を載せ車椅子をポーターさんに押してもらい部屋に入るや否や下記の課題ヘルプCを頼みました。
課題@エアコンの温度調整が自分でできるか。車椅子の妨げになるテーブルとイスを移動してもらった。
課題Aシャワーの高さ調整をしてもらった。
課題Bシャワーの使い方を教えてもらった。これは実際にお湯がでるか確認して下さい。ポーターさんがレバーを回そうとした時に外れてしまってビックリしました。とても日本では考えられません。
これらの課題は日本で準備してましたがレバー事件は想定外です。もし使用中でしたら怪我でもしていたかも知れません。教訓その二、部屋の物の動作確認を荷物を運んでもらった時にすること。使い方を知っていても教えてもらう事
でもこの部屋の造りは前回と違っていて本当に障害者用だなと感じました。部屋のベット間に天井リフトが一つ、トイレとシャワー間にも天井リフトが付いていて重度の人や重たい人でも使えるようになってました。それにシャワーのイスが広くて一人でも楽に乗り移りができて使用することができました。尚、部屋のカーテンとベットは電動式で驚く事ばかりでした。
到着した日は疲れていたのでホテルのショップで水と菓子類を買って食事のかわりして寝てしまいました。
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 二日目の課題はトイレですが、その前に朝食の課題がありました。ホテル内でのバフェです。受け付けの支払いは『部屋に付けて下さい』と言ってテーブルへ案内され『飲み物は何にしますか』と聞きに来るまでテーブルで待ちます。そして、出陣です。年配の女性に『すいません、お皿取ってください。』そして膝の上に皿を置くや否や『すいません、そのパン取って下さい。』そして別の方に『同じ物下さい』とか言って何とかお皿が一杯になり無事に食事を済ませました。後は部屋で座薬を入れて早めに車椅子に乗ってトイレ横で待ちます。これが上手く(スッキリ出ること)行かなければ今後の予定が狂います。結果発表60点、マアマアかな!!!
 そして二時間ほど横たわって行動開始です。最初に宿泊ホテルのショー(ミスティア、モントリオールからやってきたサーカス団シルク・デュ・ソレイユの70人の道化師とミュージシャンが生み出す幻想的なショー)のチケット手配を済ませ外出です。本日の予定は『Citizens Area Transit』、通称”CAT”と呼ばれる
路線バスに乗って昼間のストラトスフィア(ラスベガスで一番高い建物)を展望して同じフロアーにある似顔絵屋で一人旅の記念を描いてもらい、その後バスに乗って前回お世話になったDFSのエツコ(車椅子で乗れますよとアドバイスしてくれた方)さんにお会いした後はホテルまでの約1.2キロをダイエット(クニオは旅行すると直ぐ太ってしまう)を兼ねて自力走行で散策しながら帰ってくるというコースです。
ストリップ(通りの名称)を南北に走る路線は各バス停に止まる301番線と快速に走る302番線とがあり、2時間以内でしたら同じ番線間なら無料で乗換えできます。(乗車する時に必ずTransfer ticket, please(乗換えチケット下さい)と言って受け取って下さい)できます。そしてバス停で待ってる時に黙っていてもしょうがないと会話のきっかけと料金の確認の意味で『いくらでしょうか』と地元の女性らしき方に聞いてみました。すると日本でのガイドブックによる1ドル50セントでなく2ドルですの返事に驚きました。今年4月の発行で新しいはずなのによくよく見ればデータは去年の9月現在となってました。時差でなく月差かな!!! やがてバスが近づいて来ました。初めての経験でドキドキしていて番線を確認している余裕はありません。もう乗るしかないと運転手に手で乗りまーーーすの合図を出していました。やがて前のドアが開いて運転手が座ったままでボタンを操作します。すると車椅子を載せる台がスライドしてまるで隣の部屋に移動する手軽さで乗り込みました。車内には左右2台まで固定できるようになっていて1,2分で固定してしまいかなり手慣れた様子でした。降りる時は窓側に張ってあるヒモを引いて知らせるようになってますが車椅子の場合は事前に聞いてくれるので運転手が忘れない限りは大丈夫です。ちなみに路線は302番線で日本人の乗客は私だけでした。

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出会いA展望台では車椅子の旅行者(向こうの車椅子はセンスが良いですね)と会い少しの時間ですがワンパターンのお話をする事が出来ました。尚、自分と同じ円座のメーカー(ロホ)を使っているだけに親近感を覚えてしまいました。単純です。もう一人の方には写真を撮ってもらい一緒の写真を撮って後でEメールで送るようにとアドレスを教えてもらいました。
帰りのDFS行きのバスは301番線でないと止まりませんからバス横の番号を見て乗り込みました。この時は私の後にもう一台車椅子の方がいたので固定方法などよく観察してました。この時は嬉しいような肩身の狭いような、なぜか料金は受け取ってくれませんでした。日本では考えられられません。当たり前でないから面白いかも!!! それから、向かい風、熱風、体力の消耗が激しい中、根性で自力走行してきました。そして、この日はシャワーを浴びてバタンキュウーでした。ががが朝方3時頃、多めに飲んだ下剤と水分が効いたのか下半身の大扉をノックする物が感じられトイレへ一直線です。セーーーフ!!!格闘すること第三ラウンドで何とか治まりました。気が付けば5時を過ぎていました。それから横たわり朝食は安全の為に抜くことにしました。
三日目最後の予定は昼食にマキノというラスベガスでは初めての日本食とシーフードのバフェに行き、生ウニやイクラなど40種類の新鮮なネタを揃えたすしコーナー、生ガキやジャンボシュリンプなどの魚介類などを存分に食べる事と帰りにブルーバード・モールにてショツピングをして早めに帰って来てシャワーを浴び、帰り支度を早々にやってしまいショーを見る事です。マキノでは日本語で十分だと思いましたが全然駄目でした。ですから『すいません、お皿取ってください。』そして膝の上に皿を置くや否や『すいません、それあれ取って下さい。』の連発でした。スープと書いてあるので取ってもらうと驚いた事にうどんでした。車椅子の目線では中身まで確認できませんので『何ですか』と聞いたほうが無難かも、でも美味しかった。調理場の中に年配の日本語を話す方がいて、とても親切にしてくれ色々と皿に盛ってくれました。とにかく美味しくて安くて(チップ込みで2000円)食べまくりました。
その後ブルーバード・モールにて亀の置物34ドルを30ドルというのでもっと安くして下さいと粘って結局27ドルでゲットしました。感想としてアウトレットならベルツ・ファクトリーのほうが品物が豊富で面白いです。
いよいよラスベガス4回目で初めてのショーを見ます。時間は10時半から12時までで30分前には会場に着いていなければなりません。初めてです。一人です。車椅子です。言葉わかりません。緊張しますネ。入り口でチケットを見せると指定された席へ案内してくれます。車椅子が8台ほど止めれる中央の見やすい場所(日本で言うところの特別席かな)でした。開演30分ぐらい前から客席にピエロが登場して、お客のポップコーンを食べたり、席への案内をやたら引きずり回したり、いたずらして場内を沸かせます。開演前はただの平面舞台も始まれば舞台の変化の凄い事、いつの間にか天井から和太鼓をとどろかせながら下がってきたり、空中ブランコ、空中バレエ、トランポリンなど、”静と動”の要素を交互に取り入れたパフォーマンスを披露。巨大なサーカス・テントのような専用劇場はスタジアム形式で前の人がまったくきにならない自分一人の幻想世界を体験できます。素晴らしい体験をしました。

** 感謝そして旅への挑戦 **
今回の一人旅で一番感じた事は一人旅ということであたかも自分ひとりの力で達成したのだと思ってしまいますが、これには快く留守を守ってくれてる妻や健康でいてくれる母と子供同様の三匹の亀たちに感謝したいと思います。また旅先での多くの人の協力があってこそ成功したのだと思います。尚、一人旅への決断をした自分も誉めてやりたいと思います。これを機会により多くの障害者がまずはラスベガスを訪れる事を期待します。来年早々にはラスベガス2回目の友人と車椅子友人の4人で再度ラスベガスを訪れる予定です。

 


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