自己紹介
名前は国夫と言って国を背負うような大物になれという思いから名付けたとか?
私は1980年の夏に首を骨折、障害者手帳も文句なしの一級です。
海水浴場で、もう帰るという時の飛び込みで首を骨折してしまいました(引き潮で浅かった)、その時は頭突きのひどいやつを見舞ったような感じでした。それでも意識はありましたので、手足が動かなくてただ事ではないなという感じと、駆けつけた救急隊員が同級生だったという偶然とかで、まるで夢でも見ているような思いでした。
リハビリは伊豆修善寺近くの慶応義塾月ヶ瀬リハビリテーションで約一年半程おこないました。レベルはC6、C7で自分で車を運転できるまでになり(現在ではC4、C5でも可能)週に二回ほど出かけてます。それから身の回りはほとんど出来ますが、やはりトイレと風呂では時々介助してもらいます。
趣味はアマチュア無線ですが携帯電話の登場とともにあまり電波を出さなくなり現在では車に載せてるだけで趣味と言えるかどうか?(山間部に行った時はハンディをもってる私にとってはとても心強いマシンです)。それから海外旅行へ行くことです。
2000年の夏からは、ひょんなきっかけから障害者対象の料理教室に行くことになり、不自由な手でもいろいろ工夫すれば料理が出来る喜びにはまってしまいました。まだカレーしか作れませんが、毎週1回はカレー日でナベ一杯作っては、知り合い宅へ配ってました。2001年からは、自分専用のナベを惜しげもなく買いこんでしまったり、クッキー作り、そしてケーキ作りにはまってしまいました。そして海外旅行で、キッチンエイドのミキサーやケーキの材料を沢山買い込む力の入れようでした。それにファンが沢山増えて(無理やり作ってる!!!)大変忙しくなってきました。やがて『頚損のケーキ屋でも開けたら良いな』と思うようになり、2001年の6月にケーキ屋くんちゃんを開店しました。
苦手な営業活動も克服して、12月にはケーキ作りの限界も経験させてもらいました。その時には、結婚式の引き出物を妻と母との3人で協力して成し遂げる事が出来て感謝してます。
次に家族を紹介します。
とても優しい妻(怒ると鬼より怖い)、98年のグアム旅行と99年のシカゴ・サンフランシスコに一緒に行った頼もしい母親(大正9年生まれ)と妻の後をつきまとう雄のタマ、頭がでかくて私に似た雌のタマミ(器量は悪いがあいきょうは一番)、手にハンディのある器量良しの雄のタマタの三匹のくさ亀です。